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最高裁判所第三小法廷 昭和46年(行ツ)84号 判決

上告人

静岡市

右代表者

荻野準平

右訴訟代理人

堀家嘉郎

右指定代理人

松下収次

外五名

被上告人

川崎かな

外二〇二名

右二〇三名訴訟代理人

大蔵敏彦

芦田浩志

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人堀家嘉郎、上告指定代理人松下収次、同竹原正久、同勝俣武、同畠山和夫、同赤塚照一、同土屋喜久の上告理由緒論の三および第一点について。

論旨は、要するに、公立学校教職員の時間外勤務については、地方公務員法五七条、教育公務員特例法二五条の五第一項、一般職の職員の給与に関する法律(以下、給与法という。)一六条の規定が、特別規定として労働基準法三七条に優先して適用されるのであるから、職員の勤務時間、休日、休暇等に関する条例(昭和二八年三月二四日静岡県条例第三二号、以下、勤務時間条例という。)八条二項および静岡県教職員の給与に関する条例(昭和三一年九月二八日静岡県条例第五二号、以下、給与条例という。)一五条の解釈適用にあたつては、教育公務員特例法二五条の五第一項の規定のみがおし及ぼされるべきであり、かりにしからずとするも、同条による制限、規制に服して準用される労働基準法三七条の規定がおし及ぼされなければならないのに、原判決が、労働基準法三七条の規定のみを根拠として被上告人らの請求を認容したことは、同法三六条、三七条、地方公務員法五七条、五八条(昭和四六年法律第七七号国立及び公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法一〇条により読み替えて適用される以前のもの。以下同じ。)、教育公務員特例法二五条の五第一項および地方教育行政の組織および運営に関する法律四二条の解釈適用を誤つたものである、というのである。

しかし、被上告人ら公立学校の教職員は、一般職の地方公務員として、地方公務員法五八条の定める例外を除いて労働基準法の適用を受けるのであり(教育公務員特例法三条、地方公務員法三条二、三項、四条一項参照)、労働基準法三七条の規定は、地方公務員法五八条三項によつては、その適用を除外されていないのである。そして、地方公務員法は、地方公共団体の自主性・自律性を尊重し、その多様性に即応させるため、職員の給与の決定の具体的内容については、条例による自主的決定に委ねているけれども、その根本基準は、同法自体の規定するところである(同法二四条)。同法五七条に基づく特例を定めた教育公務員特例法二五条の五第一項は、右の趣旨から、職員の給与は国の職員の給与をも考慮して定めるべきものとする地方公務員法二四条三項所定の基準につき、教育公務員の場合には、その職務の内容にほとんど差等がないところから、特に厳格に国家公務員と地方公務員との間の権衡を保つべきものとしているにとどまる。したがつて、教育公務員特例法二五条の五第一項は、条例を制定するさいの方針を規定したにすぎず、地方公務員たる教育公務員について労働基準法の適用排除を定めたものではない。のみならず、地方公務員法五七条は、「法律で」特例を定めるものとしているところ、教育公務員特例法二五条の五第一項は、給与の種類、額についての特例を定めるにとどまり、給与法一六条も、いかなる時間外勤務につき手当を支給すべきかについては、定めるところがない。したがつて、右各規定が、地方公務員たる教育公務員に対していかなる時間外勤務につき手当を支給すべきかとの点について労働基準法三七条の適用を制限、規制するものと解することはできない。

なお、所論が労働基準法三六条違反をいう趣旨は必ずしも明らかでないが、それが、被上告人らに関してはいわゆる三六協定が存在しえないことを理由に、被上告人らに対して同法三七条の適用はありえないとするものであるならば、それは失当である。けだし、公立学校教職員は、職員団体を結成し、地方公共団体当局と勤務条件に関して交渉することができ、団体協約を締結することはできないけれども、法令、条例、規則等に牴触しないかぎりにおいて、地方公共団体当局と書面による協定を結ぶことができるのであるから(地方公務員法五二条、四条一項、五五条)、その限度でいわゆる三六協定を結ぶことができるものと解されるからである。

論旨は、また、教職員の勤務は他の職種のように労働時間をもつてこれをはかることが困難であるという特殊性を有するところから、教職員に対しては、一般職員と同様な意味における時間外勤務手当を支給しないとする制度が確立されて現在に至つているのであり、このことは、所論が妥当であることを裏付けるものである、という。

しかし、教職員といえども無定量の職務専念義務を負うものではないし、教職員が現実にした時間外勤務の時間を事後において明確にすることが常に不可能であるわけでもない。義務教育費国庫負担法二条、市町村立学校職員給与負担法一条は教職員に対する時間外勤務手当については規定していないけれども、右各法条は、公立の義務教育諸学校の経費、あるいは市町村立の小学校等の職員の給与の負担者について定めているにすぎないものであるし、給与ベース切替えの際に教員に対して優遇措置がとられた事実はあるとしても、当該措置の趣旨が所論のようなものであることが法令上明確にされているわけではないのであつて、前述のように、被上告人ら公立学校の教職員に対しても労働基準法三七条を適用することとされていることから考えれば、右のような点から、被上告人らに対しては時間外勤務手当を支給しないとする制度が確立されていたとすることはできない。

以上、被上告人ら公立学校教職員に対しても労働基準法三七条の適用があり、その規定の趣旨は給与条例一五条の解釈についてもおし及ぼされるべきものであるとした原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)の判断は正当である。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同緒論の一および第二点について。

論旨は、要するに、原判決が、義務教育費国庫負担法、市町村立学校職員給与負担法は公立の義務教育諸学校の経費負担者について定めているにすぎず、教職員の給与について定めたものではないとし、上告人が被上告人らに対する時間外勤務手当の負担者であるとしたのは、義務教育費国庫負担法一条、二条、市町村立学校職員給与負担法一条、三条の解釈を誤つたものであり、また、右負担者を誤つた訴えは当事者適格を欠くものであるのに、これを本案の問題としているのは違法である、というのである。

しかし、義務教育費国庫負担法二条、市町村立学校職員給与負担法一条は、前述のように、公立の義務教育諸学校の経費、あるいは市町村立の小学校等の職員の給与の負担者について定めているにすぎず、教職員の給与について定めたものではなく、右各法条の規定を根拠として教職員の時間外勤務手当請求権を否定することはできない。そして、学校教育法五条が、学校のすべての経費につき法令に特別の定めがないかぎり学校の設置者がこれを負担するとの原則を定めたものであることは、文理上明らかである。したがつて、右にいう特別の定めにあたる市町村立学校職員給与負担法一条に限定的に列挙された給与項目の中に教員に係る時間外勤務手当が含まれていない以上、被上告人らに対する時間外勤務手当の負担者はその勤務する各学校の設置者たる上告人であるといわざるをえない。この点に関する原判決の判断は正当である。なお、所論は、判例を引用して、右負担者を誤つた訴えは当事者適格を欠くものであるのに、これを本案の問題であるとした原審の判断は違法である、というけれども、その点は、原判決の結論に影響のない傍論部分を非難するにすぎない。論旨は、採用することができない。

同第三点について。

論旨は、要するに、時間外勤務命令は、行政庁の積極的な意思発動を意味するものであるのに、開催された職員会議が勤務時間外にわたる場合に、校長がこれを続行することについて何らの意思表示、外形的行為をもしていない本件において、右命令があつたものとする原判決は、労働基準法三六条、三七条、給与法一六条、勤務時間条例八条、給与条例一五条、職員の給与に関する規則(昭和三二年九月一四日静岡県人事委員会規則七―二五、以下、給与規則という。)二七条の解釈を誤つたものである、というのである。

しかし、教職員に対する時間外勤務命令が行政庁の積極的な意思発動を意味するものであることは所論のとおりであるとしても、そこには一定の形式によらなければならない特段の要請があるわけではないから、右命令は、常に明示的にされなければならないものではなく、ことに、すでにされた時間外の勤務に対して、時間外勤務手当を支給すべきか否かが問題とされる場合には、それが右命令に基づくものであることを確認することができれば足りるのである。もつとも、給与規則二七条は、別表第九に基づく時間外勤務命令簿により時間外勤務を命ずべきものとしているけれども、それは、右命令の有無およびこれに基づいてされた時間外勤務の内容等を明確にしておくためのものにすぎないと解するのが相当である。

そして、以上のような観点に立つて考察すれば、職員会議に参加することは被上告人ら教職員の職務の範囲に属するものであり、被上告人らの職員会議への参加は、特に必要があつて正規の勤務時間外の時間にわたる場合も、やはり各所属学校長の指示によるものであるとした原判決の認定判断は、挙示の証拠に照らし、正当として首肯することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第四点について。

論旨は、要するに、勤務時間条例八条二項に違反してされた被上告人らに対する本件時間外勤務命令は無効であるから、被上告人ら主張の時間外勤務手当の支払義務は生じないのに、右無効の時間外勤務命令に従つてされた時間外勤務に対して給与条例に従つた割増賃金を支払うべきものとする原判決は、法令に違反する地方公共団体の行為の効力について定めた地方自治法二条一五項、一六項(昭和四四年法律第二号による改正前の一四項、一五項。)および給与法定主義をとる地方自治法二〇四条、二〇四条の二、地方公務員法二五条一項の解釈を誤つたものである、というのである。

静岡県においては、地方自治法二〇四条、二〇四条の二および地方公務員法二五条一項にいう条例として、給与条例が制定され、その一五条において時間外勤務手当の額が定められ、同条例の実施に関して必要な事項を定めた給与規則二七条および別表第九において時間外勤務手当の支給方法が定められ、手当支給の基礎となる時間外勤務命令については勤務時間条例八条に規定されていることは、上告人のみずから主張するとおりである。そして、具体的の場合において、勤務時間条例、給与規則に違反する時間外勤務命令に従つてされた勤務に対して時間外勤務手当を支払うべきか否かは、直接には右条例等の解釈の問題である。

ところで、労働基準法三七条が、例外的に許容された時間外労働に対して割増賃金の支払を義務づけているのは、それによつて、労働時間制の原則の維持を図るとともに、過重な労働に対する労働者への補償を行なおうとするものであると解すべきところ、前述のように、本件各時間外勤務がされた当時、被上告人らにも右法条が適用されていたのであるから、これを受けた規定である給与条例一五条の解釈にあたつては、その定める時間外勤務手当の支給が、労働基準法三七条による割増賃金の支払と同様の役割を果たすものであることを考慮しなければならないのである。もつとも、勤務時間条例八条二項は、被上告人ら教職員に対して時間外勤務を命じうる場合を特に限定しており、それが、右労働基準法三七条の保護しようとする労働者の利益以上の公益上の要請に基づくものであるとするならば、これを無視することはできないけれども、それは、教職員の職務の性質上、時間外勤務に対する監督に困難が伴うので、原則として時間外勤務は命じないこととし、かたがた国および他の地方公共団体との関係において、その教職員との間の待遇上の均衡を考慮し、かつ、その財政に累を及ぼすことのないようにとの配慮から、そのような制限を設けているものと解されるのであつて、そこには、具体的の場合に、上司の違法な命令に事実上拘束されて、勤務時間条例、同規則の定める正規の勤務時間以外の時間にわたつて、本来の職務の範囲に属することがらについて勤務した個々の教職員に対する労働基準法による保護を無視してまでも維持しなければならないほどの公益上の要請があると解することはできない。このような点を考えれば、静岡県の公立学校において、校長の時間外勤務命令に基づき、教職員が正規の勤務時間以外の時間にわたつて本来の職務の範囲に属することがらについて勤務をした場合には、校長に右命令の権限がなかつたとしても、それが教職員に対して事実上の拘束力をもつものであるかぎり、上告人としては、右命令の行政法上の効力のいかんは別として、その瑕疵を主張して右時間外勤務に対する所定の時間外勤務手当の支給を拒むことは許されないものと解するのが相当である。

そして、本件における各学校行事、職員会議等に参加することが被上告人ら教職員の職務の範囲に属するものであり、また、被上告人らに対する各所属学校長の本件時間外勤務命令の拘束力につき、右命令がされた当時客観的に法規に反し明白に無効なものであるとまではいいえない以上、被上告人らは上司の職務上の命令としてこれに服従せざるを得ないような立場に置かれているものと解すべきが当然であるとした原判決の認定判断は、正当として首肯することができる。

してみると、校長の違法な時間外勤務命令によつて本件時間外勤務をした被上告人ら教職員についても時間外勤務手当請求権は認められるべきであるとした原審の判断は、結局正当である。

なお、地方自治法二〇四条の解釈に関して所論が引用する判決は、事案を異にし、本件には適切でない。

以上の次第で、論旨は採用することができない。

同第五点について。

論旨は、要するに、被上告人ら教職員の修学旅行、遠足における引率・付添いの勤務は労働基準法四一条三号にいう断続的労働にあたらないとし、また、右旅行等の計画書に対して、断続的勤務の許可権者である市長の委任を受けた市教育委員会の承認がされているのに、これを看過し、所定の許可を受けていないとする原判決は、労働基準法四一条三号の解釈を誤つたものである、というのである。

しかし、原判決は、本件の場合、修学旅行や遠足の実施にあたり、その目的、日程等につき計画案を作成し、各学校長の名をもつてこれに静岡市教育委員会の認可を得ており、その計画によれば、被上告人らの主張する第一審判決添付別紙明細表の各記載のごとき時刻がその行事の集合時刻、乗車・出発時刻あるいは就寝時刻、起床時刻、さらには静岡駅着時刻、解散時刻等と定められていること、右旅行や遠足が計画どおり実施され、被上告人らがその主張のとおり各所属学校長のあらかじめした命令によつてこれに参加し、その主張の各時間外勤務をしたことが明確に証明できること、右修学旅行や遠足の引率・付添いの勤務は、児童生徒に対する教育的効果の達成や危険の予防ないし発生した危険に対する善後措置の施行等極めて重大な責任を負担し、心身ともに不断の緊張およびその結果としての疲労を伴うものであつて、その労働の密度において決して労働基準法四一条三号にいわゆる監視または断続的労働に該当するような性質のものではないことが認められるとし、このような各学校長の命令によつて現実にした時間外勤務に対し、被上告人らは、給与規則二七条二項によりその主張の各時間外勤務手当請求権を取得すると解すべきであるとしているのであつて、その認定判断は、挙示の証拠に照らし、すべて正当として首肯することができる。また、教職員に対して支給される旅費に含まれる日当は実質的にも割増賃金と理解すべきものではないとする原審の判断も正当である。所論は、ひつきよう、右原審の認定に反する事実を前提としあるいは独自の見解に立つて原判決を非難するか、原判決の結論に影響のない傍論部分を非難するにすぎないものであつて、採用することができない。

同第六点について。

論旨は、要するに、本件で問題とされるような時間外勤務に対しては、時間外勤務手当を支払わない、あるいは、これを請求しないという慣習は、かりにあつたとしてもその効力を有しないとした原判決は、民法九二条の解釈を誤つたものである、というのである。

しかし、労働条件の基準を定める労働基準法の規定が強行法規であることは、同法一三条の規定によつて明らかである。時間外労働に対する割増賃金支払義務を定める労働基準法、これを受けて時間外勤務に対する時間外勤務手当の支給義務を定めた給与条例の規定が公の秩序に関する定めであつて、これに反する慣習は効力を有しないとする原審の判断は、正当である。論旨は、採用することができない。

なお、同緒論の二は、原判決中上告人の上告していない勝訴の部分に関する理由中の判断を非難するものであるから、この点に対しては、判断しない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(下村三郎 田中二郎 関根小郷 天野武一 坂本吉勝)

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